2008年09月02日

あやめたいのー?

「あやめたい人間は3人まで!」ポワトリンの悠介と申します§*'∀')
実際嫌いな人間も世界に4〜5人くらいしかいないので、僕ひとたび嫌いになった人間は一瞬で徹底的に嫌い倒す困ったさんらしく(´・ω・`)
でも仮に殺人権的なものを与えられても、その人がいなくなったら悲しむ人や困る人が確実に出てくるわけで、そういう人達を僕は一切嫌いじゃないから今のところ僕は平和主義者§*'∀')
あ、今日はすごく独り言。スルー推奨で。
完全な平和ってよく考えたら絶対無理だよなー万人が万能になって自分の世界に閉じこもるか、補完されちゃえばいいんだろーけど。
天国ってたぶん恒久的平和な世界なんだろうね。
善悪の概念を相対的なものとして考えるなら、天国って存在し得ないよな。地獄も同じだけど。地獄は現世なのかな?だとすると死後の世界がもし無だとしたら、それはきっと天国だなー。うわ絶対行きたくねー。
現世を地獄として考えるなら、死後来世に転生すること、それを繰り返すことがやっぱり地獄かな?んで、何か業みたいなのを消化し尽くしたら輪廻転生の輪からポイっと外れて無(天国)に還りめでたしめでたしみたいな?
何も『無い』ってことはすごく楽なことだよね。いや、楽っていう概念すら多分そこには無いけど、少なくともマイナスでもないみたいな。
逆に、便宜的に業とか地獄っていう言葉を当てはめたけど、どんなに苦しくても個人の意識の持ちようだったり極端に言えば先天的な体質の問題(痛覚の無い生物とか)で現世も天国になり得るっていうか、マイナスは必ずその人生のどこかに入り込むんだけど、限りなくプラスで満たされた状態に持っていけるっていうか。
つまり、地球に生まれてよかったー!って話。
そもそもこんな事考えてられる余裕と最低限の脳があるっていう事は、少なくとも今は僕の環境は宇宙の中でも群を抜いて平和なわけで。ありがたいなぁマジで。逆にこんな思考でいるうちは多少何が起こっても不幸にはならないだろうな的な。地震と戦争は怖いなー。

そういうシステム自体は何であるんだろね?最初から全部無でもよかったろうに。いや、全部無だとそもそも無っていう概念自体も無くていいことになるけど。
絶対的って何だろ?世の中で一見絶対的に見えるものは大体人間が定義した物だし(数とか)。もしかして世の中の事象は全部相対的事象なんじゃね?
『絶対』に言えるのはエントロピー(エントロピー自体は人間の定義した物なんで、ここではエントロピーと人間が定義した何か)の増加的な現象はあるんだろうな。死人が元の状態で生き返ることだけはたぶん絶対無いし。
じゃあエントロピーって何かわかんないけど、それはそもそも何であるんだろうとか。いや、エントロピーが在るとか無いとかっておかしいんだろうけど。
もしかして『無』って無いのか?(笑)
いや、真空っていうものは存在しないらしいっすよ。真空っぽい空間の中では常に粒子とか電子レベルで何かが起きてるんだって。
あーもーわけわかんね。そもそも定義自体があやふやだし専門的な知識もなく勝手に自分の思いつきで考えてるからだけどね。
そう考えると、こういうのを専門的に研究してる人って超すごいよなー。そういう人にくらべたら超恥ずかしい事をダラダラ書いちゃってるんだろうけど僕。
どなたか量子物理学とか哲学、宗教学に精通したもしくは大学とかで専攻してるって人いたら僕に何か面白いヒントを与えてください。ファンのふりした神様でもいーよー。おへんじはブログ内で返させてもらうけど。

すごい根本的な『存在はなんで存在するんだろう?』っていうのを考え出すと、すごく頭にモヤがかかったようになるんだよね。他のことだったら自分なりに勝手に定義づけることもできるのに(もちろんその正否はおいといて)。
これを理解した瞬間、たぶん俗に言う『悟りを開いた』状態になるんだろうなー。神様ってなんだろうマジで。宗教的なイメージの神じゃなくてもそういう存在自体は確かにあると思うんだけどね。そのシステム自体が人間が畏怖するところの神様なのかな。関係ないけどブドウっておいしいね。
posted by 悠介 at 03:21| ムンバイ 🌁| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。